昭和54年4月1日 朝の御理解

御理解 第97節
「神を拝む者は、拍手して神前に向こうてからは、たとえ槍先で突かれても後ろへ振り向くことはならぬぞ。物音や物声を聞くようでは、神に一心は届かぬ。」



神に一心という事は、結局、神様に届くものでなからなければならんという事ですね。いかに一心のように見えても、神様に届かんなら、それは、一心で無いと分からせてもらわなければいけない。そこで、一心と言うのは、まあ、教祖様の、このお言葉の中に、いー、槍先で突かれるような事があってもとか、物音を聞くようでは、神は一心は届かぬと仰ることが、何か、がむしゃらなものというような、あー、感じが致しますけれども、決して、がむしゃらなものでないという事です。ね。神に一心とは、がむしゃらなものではない。その辺のところは、私共は、良く間違えるように思いますですね。神様に一心とは、もう、がむしゃらに進んでいくことが一心のように。まあ、大変、実を言うたら、まあ難しいことですよね。
んー、私は、長浜町におります時分に、えー、近所の、韓国の方が、焼酎の密造をやっておって、その蔵に、いー、火が入りましたから、もう直ぐ、あの、傍でしたからね、えー、今にも、私のほうにも燃え移ろうというような時でしたけれど、私は、ちょうど、母が来とりましたから、母と家内、子供たちを、あの外へ出させて、それであの、三方の入口、あの、家と言うても、いや、小屋といった風がいいようなお家でしたけれども、あー、先だっての新聞に、二、三回前のね。あの、秋永先生が、知っておるのは、その時分のことを知っておるのは秋永先生だけなんです。だから、その時の絵を、そのままに、あの、覚えておるまま描いて、新聞に、合楽便りに出てましたですよね。三方入口があったんです。裏表、そすと、おー、その三方のほうを、中から私が詰めてしまって、そして、中で、一心に、神様に向かって御祈念をさして頂く。まあ、外からはもう、その出てこなければ危ないち言うて、どんどん叩き、あの戸を叩いてから。ところが中なら閉めとるもんですから、こちらは神様へ向かって一心ですから、もう、そん音は聞こえておりますけれども、あの、御祈念し通しました。もう、本当にあの、おー、火がね、私のほうの家のほうにこうあの、かかってくるようにあったのがね、あの、火が一本立ちしたち言う、外から見とったら。そして、反対のほうへ、こうやって火が変わったと言うようなおかげを頂いて、まあ、こと無しに、私のほうは類焼を免れたというような、まあ、修行中の時分にあったんですけれども、これなんか、いかにも我武者羅のようであって、実は、我武者羅じゃなかった事が分かりますね。言うなら、天地を自由になさるほどしの、いうなら、風の吹き、言うなら風を北側から吹いておったのが、南側へ吹くというような、やはり、おかげを受けたんですけれども、で、この辺とところがです。大変難しいです、実は。ただ、その時その時、自分の心に、いうならば、その、感ずるものですからね。えー、はっきりと、ここまでが我武者羅で、これまでが一心だというふうに、区別することも出来ません。結局、自分の信心。次の九十八節にありますように、心は信心の定規じゃによってと仰る。ね。ですから、自分の心の定規と言うものが、ね。そこに、ぴしっとこう、あっていかなければならんのですから、心と、行うこととがね、一致しとらなければ、場合によっては、一心であり、場合によっては我武者羅という事になるわけですね。
昨日、四時の御祈念に合わせて、吉井の杉さんのところの、杉寛三さんの、んー、帰幽祭がございました。式年と言うわけではございませんけれども、まあ、帰幽祭。大体は前日だったんです。ところが、急にお婆ちゃんが、あー、もう、九十近くのお婆ちゃんがおられますが、具合が悪くて病院に入院なさらなければならないことになった。それで、一日ずらせて、ま、昨日あったわけなんです。あー、本当に、今あの、ご霊前にお供えしてあります、あの木蓮の花が、あー、その、おー、昨日、一昨日、えー、一昨昨日、ね。明日が霊祭だからと言うので、庭に咲いとる木蓮を切ってみえておられた。ところが、ご承知のように、あくる日はあんな、雨嵐でございましたから、もうあの、咲いておる木蓮は散ってしまった。けれども、その前日に切っておったおかげで、んー、昨日あの、霊前に供えることが出来た。ね。ですから、昨日、一昨日、霊祭があの、仕えられるところであっら、一日送れて、ずらして花を切られることだったでしょうけれども、初めから、そう、突発的な、お婆ちゃんの、病院においでにならんと言うような事柄で、あの、一日延びたおかげで、言うなら、毎年あの、帰幽祭がありますが、毎年、帰幽祭に、あの木蓮が大変、ことのほか好きだったそうです。大変、植木が好きだったですが、中でも木蓮の花が一番好きであったと、と言うので、必ず、あの木蓮の花をお供えなさるんです。まあ、私は、いつもの事ながら、本当に恐れ入ってしまう、驚いてしまうと言うのですけれども、ちょうど、私が、四時の御祈念、研修を終わって、御祈念に立たせて頂こうと思うところに、中島の高滝さんがお参りして見えたんです。この人は、めったに参ってくるのじゃないですけれども、その、ここの椛目時代の杉さんもお総代、それから、高滝さんも総代。総代仲間でも、もうとにかく、うー、もう、大変な仲の良いかたでしたが、まあ、二人とも、ま、あのようなふうで亡くなられましてね。おかげの中に亡くなられて、えー、この前の霊祭の時にも、ちょうど、高滝さんが、それこそ、私は、あちらだけは案内してあった、電話架けてあったのかと思った。吉井と北野との、こう離れとりますから、普通はそんなにお付き合いも出来んのですけれども、霊祭のときだけは、ここでぴたっと一緒になるんです。で、昨日も私、「あらあんた、今日は知っとったね」と言うて言うたら、「いいえ、何にも知らずに参りました」とこういう。本当にここに、「神様の働き、御霊の、いうならば、働きを感じずにはおられないね」と言うて、あの、高滝さんも、お祭りを頂かれて、玉串を奉られました。様な事でございましたけれどもね。私は御神前で、そのお礼を申させて頂いておりましたら、あの、かおると言う字を頂きました。草冠に重いと言う字を書いて点々です。ね。えー、これはあの、どういう事かと言うと、んー、今、合楽で一番、合楽の御信者さんが、あー、心に掛けておる信心と言えば、「成り行きを尊ぶ」という事。自然の働きを大切にすると言う事だとこう思うのです。ね。そこでです、例えば、えー、霊祭。ところが急にお婆ちゃんが具合が悪くなられた。そこで、入院を先にされて、一日遅れたと。この辺のところがね。今日私が言う、我武者羅と、でないと言うところを聞いていただきたいと思うのです。ね。まあ、合楽ふうに言うたら、例えば、あのお婆ちゃんの、その入院を一日延ばしてからでも、今日は、霊祭を前々から、ちゃんとお届けしてあるのだから、さして頂く。いかにも確信に満ちた生き方のようでありますけれども、そうではないようですね。だから、形の事では分からんのです。実は、そうしたほうが本当であると言うような場合もあるけれども、ここは、日頃、言うなら、成り行きを大切に尊ばせて頂くという、その信心がです、ね。一日延ばして霊祭を仕えて下さいという事になった。それが、合うておったという事は、今の、はどの事からでも分かるし、ほんなら、高滝さんが、いわゆる、お参り合わせられたという事から言うても、間違ってなかったなという事が分かるですね。一日延ばしたという事が。ね。自然の中に、親の病気、急病、そして、えー、掛かりつけの、それが福岡の方さんいかにゃそうですから、福岡まで、あの、送っておいでられたので、やはり、霊祭が仕えられなかったわけなんです。ね。けれども、それをほんなら、その、我武者羅な行きかたで行くならば、ね。おばあちゃん、今日一日辛抱しなさい。明日病院に連れて行くから、今日は、寛三さんの、おー、帰幽日であり、帰幽祭ですからと言うてもいいような感じがしますけれどもね。それでは、ちぐはぐになってくる。もし、そうであったとするならば、花は散ってしもうておった事になるだろう、高滝さんの、いうならば、お参りも、いわば、ぴたっとは来なかったわけ、ね。いわゆる、自然に起きてくるその、お婆ちゃんの急病と言うものを、自然の働き、神様の働きと受け止めて一日延ばされた。ね。それで、御理解に頂きましたことがね、えー、薫るようなおかげと頂きました。ね。自然の、草冠は自然という事。いわゆる、自然を重んずる心、これが薫ると言う字です。ね。自然を重んずる、成り行きを重んずる。その日頃、それが、昨日だけではない。いつもが、そういう信心を芯にしての信心の稽古をしておるから、こういう時に、それこそ、薫らんばかりのおかげにもなってくるんだ、現れて来るんだと言うことでございます。お互い、日々の信心生活の中にです。ね。成り行きを、いよいよ大切にさせて頂いて、それこそ、薫るようなおかげ、薫るような信心生活をさせていただきたいもんです。ね。
今日は、合楽で、段々、信心の稽古をさせて頂いたおりますと神様を信ずる心は、いやが上にも、おー、募ってまいります。ですから、もう、神様一筋と言う思いも、段々、垢抜けしてまいります。けれども、ね。その、神に一心という事は、ね。神に一心であれば、神様へ届くのです。ね。神に、神に一心は届かんとこう仰る。ね。その願い事でも同じですけども、ね。自分の一心のようで思うておっても、神様に届かないならば、それは、自分の一心は間違うておるわい。いや、これは一心ではなくて、我武者羅のほうであっただろうかというふうに分からせてもらわなきゃいけん。ね。成り行きを尊び、大事にさせて頂いての一心。それこそ、薫るような、今、申しますようなおかげが、それは、神に一心が届いたから、そういう薫るようなおかげにもなってきたわけです。ね。ですから、そこんところを確かめてという事は、なら、次の九十八節にあります、「心は信心の定規じゃによって」と言う、いうならば、自然の働きと、私共の、心の働きと言うものが、いつもの調子があっておる。一つのリズムと言うものを、聞き続けておると言うような生き方からでないと、本当の、いうならば、あー、信心の喜び、楽しさと言う、合楽で言われるリズムに乗った生き方を身に付けてまいりますと、はっきり、あ、ここは、こういう考え方は我武者羅であり、ここは、ここんところを貫くという事が一心だという、いうなら、そこのところの具合がね、自分でも分かってくるようになると思うんです。ね。なるほど、神に一心とは、ね。人の、いうならば、物事という事は、物音という事ではなくてね。いろんな事情と言うてもいいんです。いろんな事情が起こってくる。それで、右か左か迷うといった場合の事を言うてもいいのです。ね。後ろから、槍先で突かれても、振り向くことはならんと仰る。私の長浜町時代の火事の時の事は、まあ、いうならば、槍先で突かれる様な場合であっても、振り向いていないと言う。そこには、天地が自由になって下さるような働きを受けておった。あれは我武者羅ではなかった。私の心の調子と言うものが、狂いがなかった。神様を確信しての事であった。しかも、それは、どこまでもままよという心であったと言うふうに分からせてもらいます。自分の心の、いわば、定規と言うものがです。日頃あっておらんと、ここは我武者羅である。これは神に届く一心だというようなね、えー、見極めがつかんのです。信心は、段々、進めさせていただく上に、いよいよ、成り行きを尊び、大切にさせていただく信心から、何時も自然の働きと調和した、調子の合うた生き方をさせて頂いて、ね。神様へ届く一心が、何時も出せれるような、いわゆる、心行に徹しておらなければいけないのと思います。どうぞ。


末永静行
2005年10月15日